とまとじゅーす的中国旅行記

2017年 大連・旅順観光4、東鶏冠山

2017年5月6日、大連・旅順観光、東鶏冠山の北堡塁とカノン砲(加農砲)台付近を散歩した時の写真や動画、旅行記を掲載しています。

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2017年 ~ 大連・旅順観光4、東鶏冠山の北堡塁とカノン砲 ~

ここでは2017年5月6日、大連・旅順にある日露戦争の激戦地、東鶏冠山北堡塁(ほうれい)とカノン砲加農砲)台付近を散歩した時の写真や動画、旅行記を掲載しています。

大連・旅順観光4、東鶏冠山の北堡塁とカノン砲

東鶏冠山北堡塁(ほうれい)は日本の進出に備えて露西亜が作ったコンクリートの堡塁(陣地)です。付近にカノン砲も置かれていて、散歩にはいい場所だと思いましたw

因みに旅順要塞の司令官、ロマン・イシドロヴィチ・コンドラチェンコ少将Роман Исидорович Кондратенко、死後中将に昇進。母音のアクセントの位置が分からないからоは「オ」の英語読みw)が戦死した場所です。 彼は戦死後に中将となって、サンクトペテルブルクに埋葬されています。ってか大連・旅順は明治のカヲリが色濃い場所ですね。

写真動画はSONYのDSC-QX10と、Lenovoのスマホ、VibeShotシリーズのZ90-3を使用して撮影しています。


暇だったのでお昼過ぎに突発的に旅順、東鶏冠山へ散歩に行ってみた

アーモンドを食す ユースのいつもの場所で動画編集

5月6日、この日の午前中はアーモンドをぽりりつつ動画編集をしていたのだけど、お昼に急に旅順に行ってみたくなったので突発で行く事にしました。

黒石礁 黒石礁

で、毎度おなじみの黒石礁へと到着!動画メインなので旅行記適当です。詳細は動画見てね!

黒石礁のローソンで黒ゴマ豆乳を購入

黒石礁にあるLawsonで黒ゴマ豆乳を購入し、大商超市(スーパー)で食料を購入し、2002路の高速バスに乗車する為にバスターミナルへ向かう。はい、いつものパターンですねw


黒石礁からニコ生しつつ旅順へ向かう

黒石礁バスターミナル内 黒石礁バスターミナル内

大連黒石礁にあるバスターミナル内。今回は車窓風景は撮影せず、代わりにニコ生をして旅順まで移動しました。

スマホを充電しつつ移動

時折充電をしつつ向かう。目的地は日露戦争の激戦地、北堡塁のある**東鶏冠山(とうけいかんざん)**です。因みに動画では「冠」を四声で発音してますが、この地名は一声が正しいので、間違えないでくださいねlol


旅順へ到着、日露戦争の激戦地、東鶏冠山の北堡塁へ向かう

大連と旅順の位置関係の地図 東鶏冠山と北堡塁の位置関係

前回の地図また使いまわすけど、大連旅順旅順バスターミナル東鶏冠山北堡塁の位置関係。

旅順バスターミナルのトイレ

旅順バスターミナルへ到着!到着と同時にぼったくりの客引きが100元東鶏冠山に連れてってくれるとか言ってるのを無視し、先ずは菊の紋章があるトイレで用を足す。

タクシーで東鶏冠山へ向かう タクシーで東鶏冠山へ向かう

カロリーゼロのスプライトを購入し、31路のバスで行こうと思ったけどなかったので、他のバスで行こうと思ったけど、時間がもったいないので傍に止まってるタクシーで向かう事にしました。

タクシーからの風景 タクシーからの風景

ではしばし東鶏冠山までの風景をご覧ください。旅行記適当です。

タクシーからの風景 タクシーからの風景

東鶏冠山へ到着 東鶏冠山へ到着

旅順の街を走り抜け、松など雑木林が生い茂る東鶏冠山へとタクシーが到着!


旅順の東鶏冠山の景観区へ到着

東鶏冠山の景観区入口

ここが東鶏冠山景観区の入口。駐車は10元かかるけど入場自体は無料です。当然タクシーで中に入る必要がないので、入口で下車しました。この文字を前にして左側に砲台跡、望台砲台(望台炮台)があり、直進すると北堡塁があります。

景観区内の道 松林の風景

松等雑木林がうっそうと生い茂っています。ここは日露戦争の激戦地ですが、日本の攻撃に備えてコンクリート製の巨大な堡塁(陣地)が築かれた場所なのです。旅順の東部防衛の拠点でした。日本軍は4カ月の歳月と8千人の死者を出して攻略したのです。

攻略の決め手となったのがロマン・イシドロヴィチ・コンドラチェンコ少将(死後中将に昇進)というウクライナ人の戦死と、その後の日本軍による2.3tのダイナマイトによる北堡塁の爆破だそうです。

💡 【東鶏冠山北堡塁の歴史的背景】

日露戦争の旅順攻囲戦において、日本軍(乃木第3軍)が最も苦戦したのがこの「東鶏冠山北堡塁」などの近代的なコンクリート製永久堡塁でした。

当時の日本軍はこのような強固な防御陣地を攻撃した経験がなく、多大な犠牲を払いました。現在この地は「愛国主義教育基地」として整備されており、戦争の悲惨さと歴史を後世に伝えています。

北堡塁へ向かう道 北堡塁へ向かう道

さて、日露戦争の激戦地だった東鶏冠山にうっそうと茂る雑木林の心地よい香りに鼻を打たれつつ、北堡塁に向かう。

東鶏冠山に咲く花 東鶏冠山に咲く花

東鶏冠山に咲く花。くどいけど動画メインなので旅行記適当です。

AAAA国家級の観光地 AAAA国家級の観光地

東鶏冠山景観区北堡塁のあるあたりに到着!4Aの国家級旅行景観区です。因みに5Aは世界級の旅行景観区を意味しています。

東鶏冠山の解説板

おかしな日本語だけど、一応理解は出来る北堡塁の簡略があります。ここは二〇三高地と違ってロシア語の解説もあります。

北堡塁の見取り図 北堡塁の見取り図

割と丁寧な見取り図もありました。日本語のサイトだとちと堅苦しい表現で解説してるけど、この図を見れば一目瞭然ですね。**「不規則な五角形の堡塁」**という表現でこの要塞のイメージ像を描く事は、僕には出来ません

北堡塁へ向かう

さて、いよいよ東鶏冠山のハイライト、北堡塁へと向かいます。


旅順、日露戦争東部戦線の激戦地、東鶏冠山の北堡塁を散歩

東鶏冠山の北堡塁 東鶏冠山の北堡塁でドロイド君

東鶏冠山北堡塁に到着!早速ドロイド君が記念撮影。

コンクリートで作られた堡塁 コンクリートで作られた堡塁

全てコンクリートで作られた堡塁(陣地)です。周囲は木々に覆われて年月が経っている事を実感させます。

北堡塁の塹壕内部

北堡塁の塹壕内部。第一次世界大戦前に、強固な陣地堡塁を攻略する事の難しさを世界に知らしめた戦いが、この日露戦争です。

風化した堡塁跡 堡塁の通路

風化して周囲の風景にしっくり馴染んでいる堡塁跡。右は帰りに北堡塁の文字がある場所に戻って来た時に通った道です。

機銃掃射の窓 機銃掃射の窓

この穴から機銃掃射を行って日本軍を撃退していたのですね。壁の亀裂と破壊された狙撃口が生々しいです。

破壊された狙撃口 破壊された狙撃口

破壊されている狙撃口を見てると、狙撃手を排除しようと粘った様子が想像できます。シリア内戦で市街戦の動画よく見てたから、コンクリートの破片が飛んできて目をえぐられたり腹や足を破壊されたりしてる光景が思い浮かびました。

木々が生い茂る堡塁跡

激戦地だった北堡塁跡も今は木々が生い茂り、平和な佇まいです。旅行記適当です。

堡塁への入口 堡塁への入口

入り口付近が立ち入り禁止だったので入れないと思ってたけど、うれしい誤算で奥に堡塁への入口があったので、入ってみる事にしました。

北堡塁の内部でドロイド君 北堡塁の内部

ドロイド君が北堡塁の内部で記念撮影。

コンクリートの壁 コンクリートの壁

ロシア軍が中国人労働者を使ってコンクリートで建設した北堡塁。100年以上も前の建造物だから、在世してる当事者はもういないでしょうね。

雑なブロックの積み方 むき出しの内壁

コンクリブロックの積み方がちょっと微妙で雑な部分が目立ちますね。右は壁が壊れてむき出しになった堡塁の内壁。

大きな窓の銃痕 大きな窓の銃痕

堡塁に空いている比較的大きな窓。日本軍が斜めからこの窓を狙って打ち込んだ銃痕が生々しいですね。

少し広い空間 少し広い空間

この辺りは少し広くなっていました。思ったよりも圧迫感は感じない堡塁です。

激しい損傷 激しい損傷

日本のカノン砲が命中した場所でしょうか、内壁の損傷が激しい場所がありました。天井には亀裂も走ってます。

石がくっついた内壁

むき出しの内壁。ただの石ころかと思ったけど、しっかりとくっついてて動かせませんでしたw

堡塁の外側 自然の石のような外壁

堡塁の外側に出ました。外壁は素人でも一見して砲弾が当たって破壊されたと分かる惨状を呈してました。

破壊された周辺 破壊された周辺

北堡塁の周辺。むき出しの個所が気になったので適当に撮影。この周囲が日本軍が爆破して突破した場所でした。

出口周辺の風景

堡塁の出口周辺の風景。旅行記適当です。

爆破突破された場所 爆破突破された場所でドロイド君

ここもロマン・イシドロヴィチ・コンドラチェンコ少将(死後中将に昇進)が戦死した後、日本軍が2.3tのダイナマイトを使って堡塁の外壁を爆破して突破した場所だそうです。その場所でドロイド君が記念撮影。


露西亜の機関銃と大砲、満州戦蹟保存会の記念碑

上へ登る道

北堡塁の内部を見た後、今度は上へと登ってみた。周囲は普通の山ですね。

昔の道跡 昔の道跡のゴミ

昔使われていたであろう道の跡があったけどごみが多くて幻滅したね。ここだけじゃなくて今回僕が行った範囲の東鶏冠山のすべての場所でゴミが目に留まりました。

露西亜の機関銃陣地 露西亜の機関銃陣地

さらに上に上ると、露西亜の機関銃陣地がありました。何か機銃っぽく見えないのだけど、かなりの威力を発揮して日本軍を苦戦させた事でしょうね。

機関銃陣地からの風景

機関銃陣地から眺めた風景。

満州戦蹟保存会の記念碑 満州戦蹟保存会の記念碑

東鶏冠山北堡塁にある満州戦蹟保存会記念碑。薩摩藩士の鮫島重雄大将の銘文が記載されています。出征当時は中将ですね。で、この満州戦蹟保存会について中国のサイトに情報があったのだけど、1914年頃から国家予算をバックに記念碑や神社、修道路を作っていたようです。

露西亜のカノン砲 露西亜のカノン砲

満州戦蹟保存会記念碑の傍には露西亜のカノン砲が4門置かれていました。もうカノン砲を見ても驚きませんw

カノン砲のアップ カノン砲のアップ

口径は小さいけど機動力が高くて実用に耐えうる、そんなカノン砲だという印象を受けました。

分度器付きのカノン砲 分度器付きのカノン砲

中々スマートでカッコいいカノン砲大砲ですね。専門用語分からないけど、分度器がついてるのが印象的。

カノン砲の後ろ側 カノン砲の後ろ側

カノン砲大砲の後ろ側。しばしこのカノン砲たちを観察した後、再び別の堡塁へと向かいました。


引き続き北堡塁を散歩しつつ観光

北堡塁の重要施設エリア 北堡塁の重要施設エリア

こっちが北堡塁の重要施設が集まっていた場所です。風化して自然の石と間違えてしまいそうな外壁です。そういえば何回か書いてる気がするけど、古代のコンクリート素晴らしいですね。いつかボスニアのピラミッド群と地下通路(現状立ち入り制限あり)を見に行きたいと思います。

基礎の石ブロック

基礎の石のブロックを適当に撮影。その上にコンクリートの壁が建てられてました。

キッチンの跡 キッチンの跡

ここはキッチンだった場所。攻撃を受けたのか破壊された跡と黒ずんだ内壁が印象的でした。

持ちこたえる支柱 破壊された天井

よく持ちこたえている支柱。右はおそらく砲弾を受けて破壊された北堡塁の天井。北堡塁の外観図、画像を見る限りここも壁に覆われていたはずです。

弾薬庫の案内板 指揮所の跡

日本語で弾薬庫と書いている案内板。満州統治時代に既に観光地化されていたのでしょうか。右は指揮所です。

兵士の宿舎跡 兵士の宿舎跡

別の場所を見ると、兵士の宿舎だった場所がありました。所々コンクリートが壊れていて、かつ天井にひびが入っているので、ここも攻撃を受けたのでしょう。

ベッドのあった場所 ベッドのあった場所

この場所にベッドをしいて寝泊まりしていたのですね。ところでトイレやシャワーもしくは浴場はあったのでしょうかね?あと洗濯はどうしていたのでしょうか?服を干す場所とか色々と気になる点はありますね。

黒ずんだ壁 壊れた外壁

黒ずんだ壁と壊れた堡塁の外壁。何か重々しくて暗いイメージがぬぐえない明治時代の日露戦争の遺物。

堡塁の外側 自然の石のような外壁

だいぶ破壊されている北堡塁の外側を観察。右は自然の石と間違えそうな堡塁の外壁。

コンドラチェンコ少将戦死の地の慰霊碑

砲弾を受けてロマン・イシドロヴィチ・コンドラチェンコ少将が戦死した場所。日露戦争後、彼の死を偲んで花崗岩で建てられた慰霊碑です。

北堡塁の出入り口

銃痕があるも、あまり劣化していない北堡塁の出入り口。

銃痕が目立つ外壁 銃痕が目立つ外壁

壁の周りの銃痕が目を引く外壁。他の部分は破壊されていました。

元の場所へ戻る 元の場所へ戻る

この場所から階段を下り、最初に来た北堡塁の文字が刻まれた場所へと戻りました。

落ちているゴミ 落ちているゴミ

こんな場所にもごみがあります。さて、散歩を満喫したので、ここを離れて今度は望台砲台望台炮台)へと向かう事にします。旅行記適当です。


北堡塁を後にして、望台砲台(望台炮台)まで散歩

閉館していた陳列館 閉館していた陳列館

日露戦争の陳列館があるのは知ってたけど、この日は閉館していました。残念!

東鶏冠山から眺めた風景

東鶏冠山から眺めた旅順の風景。この自然は開発せずにこのまま残して欲しいですね。

望台砲台へ向かう道 望台砲台へ向かう道

さて、東鶏冠山の入口まで戻り、今度は望台砲台望台炮台)へと向かいます。ここも雑木林が広がっていて、空気がすがすがしかったです。

望台砲台へ向かう道 望台砲台へ向かう道

望台砲台の下

望台砲台望台炮台)、カノン砲が2門設置されている場所の下に到着!

階段を登る 階段を登る

ここからは階段をひたすら上に登っていきます。


望台砲台(望台炮台)でまったりカノン砲と旅順の風景を眺める

満州戦蹟保存会の記念碑 満州戦蹟保存会の記念碑

頂上付近まで来ると、満州戦蹟保存会記念碑だと一目でわかる石碑が見えてきました。日露戦争ゆかりの場所に設置されている記念碑ですが、現存しているのは20個だそうです。

望台砲台からの風景 望台砲台からの風景

望台砲台望台炮台)から旅順の風景を眺める。白玉山塔も見えますし、つまるところいい景色が広がっていましたw

露西亜のカノン砲 露西亜のカノン砲

露西亜のカノン砲を発見!この現存しているカノン砲は露西亜軍が2,000人の中国人労働者を使って半月かけて運び上げたものだそうです。

迫力あるカノン砲 迫力あるカノン砲

ここに設置されているカノン砲も迫力満点!大連に来てまさかカノン砲をたくさん拝めるとは思ってもいなかったですw

カノン砲の可動部

発射の度に砲身が後ろに下がっていたのでしょうか。でも鉄と鉄が直接接触してるので摩耗率高そうですね。

望台砲台の記念碑 望台砲台の記念碑

満州戦蹟保存会の残した望台砲台望台炮台)の記念碑。2つ目です。あと18個あるんですね。碑文を読むと大正5年10月に建てられたようです。

カノン砲と風景 カノン砲と風景

望台砲台望台炮台)のカノン砲加農砲)とそこから見える風景をまったり撮影。

先端が欠けたカノン砲 先端が欠けたカノン砲

こちらのカノン砲加農砲)は砲身の先端が欠けてて、ヒビも入っていました。

カノン砲のアップ カノン砲のアップ

まぁ暇な人は画像拡大してカノン砲にはぁはぁして下さいw え、意味分からない?毎度だけど僕も意味分かりませんw

カノン砲と青空 カノン砲と青空

いや、本当に旅順が気に入りました。大連市内にはほとんど興味ないな。。まぁ路面電車や古い建物は興味あるけど、周辺環境はただの砂漠に建つ蜃気楼だからね。どうせ数十年後にはまた取り壊されるんでしょうしね。

顎マスクで記念撮影 カノン砲の全景

顎マスクしつつ、望台砲台望台炮台)でカノン砲加農砲)をバックに記念撮影。明治のカヲリを感じつつ、この場所を離れて帰路に就く事にしました。


東鶏冠山を後にして、旅順から大連の黒石礁、ユースへ戻る

帰りの道 帰りの道

望台砲台望台炮台)から元来た路を散歩しつつ引き返す。

落ちているゴミ

東鶏冠山はこんな感じでゴミが至る所に落ちています。周辺にマンションがあり、そこの住人たちが散歩してるのだけど、自分たちの住んでる場所くらいきれいにしようとか思わないのでしょうかね。あまりにもひどいので、動画でも愚痴ってました。

日本がきれいで日本であり続けられるのは、日本人が住んでて、日本人が主体だからだという事を実感した次第です。

景観区の入口へ戻る 景観区の入口へ戻る

東鶏冠山景観区の入口に到着。因みにこの攻防戦で周辺の民家が巻き添えになり、5戸の家屋、しかも破壊された家屋しか残らなかったようです。 左手に来た時にタクシーから見た「いらっしゃいませ」の木で作られた文字を横目に東鶏冠山を下山する。

下山する道 浄水場付近の道

夕日がふと哀愁を感じさせます。ゴミが気になるところですが、のどかでした。浄水場を折り返し、下へと下る。

夕焼けの空 東鶏冠山の石碑

夕焼けに染まる旅順の空と東鶏冠山。麓には東鶏冠山の石碑がありました。

麓の風景 麓の風景

このやや荒涼とした場所からも東鶏冠山に登って行けそうですね。ちなみに旅順バスターミナルからこの付近に停まるバスがあります。でも日も落ちてきたのでタクシーで旅順のバスターミナルへと戻りました。行きと同じ12元!

旅順バスターミナルへ到着 旅順バスターミナルへ到着

旅順の街並みを見つつ、旅順バスターミナルへと到着!ここは常にオプティマスもどきが警備してますので安全ですねw

2002路のバスチケット

いつもの2002路の南路の路線バスというか高速バスの切符を購入し、ニコ生しつつ黒石礁まで戻りましたw

ユースホステルへ到着

藍海星空国際青年旅舎へと戻り、洗濯をして突発の旅順観光というか散歩は終了したのです。まぁ黒石礁から旅順に行くのは上板橋から森林公園・寄居までTJライナーで行く感じですかね。ただしここでは片道7元で行けます。TJライナーだといくらよ? 因みに写真の文字は「夢の始発駅」と書かれてますw


2017年5月6日、大連・旅順観光、東鶏冠山散歩編の動画

東鶏冠山の北堡塁とカノン砲のまとめ動画

2017年5月6日、大連旅順観光、日露戦争の激戦地、東鶏冠山北堡塁カノン砲加農砲)台付近を散歩した時のまとめ動画です!

Youtubeで見る niconicoで見る


2017年の中国旅行記リンク